本シンポジウムは、COVID-19パンデミック以降注目が高まったアジア人差別をめぐる議論や、日・ベルギー両国に残る植民地主義の遺産を検証することを目的としており、二日間にわたり活発な報告と討議が行われた。人間文化研究機構のグローバル地中海研究プログラムの支援を受けて開催された本会議には、両国から多数の研究者が参加し、学際的な視点から問題を掘り下げた。
初日は、アジア系移民に対する差別を主題に、歴史的背景から現代社会における実態までを多角的に分析する報告が行なわれた。
南川文里(同志社大学)Race, Meritocracy, and Diasporic Conservatism among Asian Americans: A Case Study of Anti-Affirmative Action Campaign in the Age of Trump
南川は、アジア系アメリカ人の保守化と反アファーマティブ・アクション運動を事例に、マイノリティ内部における「ディアスポラ保守主義」の形成を論じた。質疑応答では、アジア系内部の人種的・地理的背景の多様性、トランプ支持層の中における中国系・フィリピン系の傾向や、日本系の比較的リベラルな傾向などが議論された。また、世代間の政治意識の違いや、難民的背景と高スキル移民との違いにも言及があり、アジア系ディアスポラの複雑な政治的構図が浮かび上がった。
李里花(中央大学)Erasing Gender and Colonialism in Racism: The Historical Trajectory of Korean Women in Japan
李は、日本社会における在日朝鮮人女性への差別を、民族衣装「チマ・チョゴリ」の象徴的意味に注目しながら分析した。人種差別においてジェンダーと植民地主義がいかに不可視化されてきたかを批判的に検討した。質疑では、ポストコロニアル・フェミニズムとの交差、SNSを舞台にした右派言説と#MeToo運動の台頭、慰安婦問題をめぐる記憶の政治など、多層的な論点が取り上げられた。
Asuncion Fresnoza-Flot(ULB)Asians in EU Mobility Policies: Categorization, Hierarchization and Unequal Treatment
Asuncionは、EU移民政策においてアジア系移民がどのように階層化され、差別的に扱われているかを政策データに基づいて報告した。とりわけビザ制度の不均衡や、社会階層・出身国の民主主義度・経済状況による取り扱いの差異を浮き彫りにし、非EU国民に対する柔軟な在留資格への移行制度の必要性を訴えた。
Veronica B. Reyes(ULB)“I Have an Aversion to Asians”: The Self-identification of Asian descent People to Whiteness
Reyesは、アジア系出身者が「白人性」と自己同一化していく社会的プロセスについて、インタビュー調査をもとに検討した。「モデル・マイノリティ」や身体の客体化、累積的暴力の蓄積が、ホワイトネスへの自己同一化を防衛的戦略として生み出している点を指摘した。
2日目は、日本とベルギーそれぞれの社会に根深く残る植民地主義の遺産をめぐる報告が行われた。
板垣竜太(同志社大学)Between Human and Anthropos: On the Repatriation of Colonial Human Remains in Japanese University Collections
板垣は、京都大学に保管されていた琉球人遺骨の返還を求める訴訟を事例に、日本の大学制度と学術界における植民地主義的構造を明らかにした。人骨の「科学的価値」を主張する人類学会の立場と、遺骨の返還を求める原告側の主張との対立が、日本の学術界における植民地主義の継続性を露呈させた。
保井啓志(同志社大学)Mobilizing the Human/Animal Binaries: A Critical Analysis of Vegan Nationalism and Israel’s Ongoing ‘War on Terror’
保井は、イスラエルにおける動物の権利の高まりと「ヴィーガン・ナショナリズム」の台頭を、戦時の言説における人間/動物の二項対立と関連づけて論じた。ネオリベラリズムの台頭、「テロとの戦争」、パレスチナ人の脱人間化の歴史、身体の規範性といった観点を交差させながら、人権と動物権をめぐるナショナルな枠組みの問題を批判的に分析した。
Marti Luntumbue(ULB)Distancing the Colonial Past in Belgian Foreign Policy (1990-2002): The Case of the Lumumba Commission
Luntumbueは、2002年のルムンバ暗殺に関するベルギー政府の謝罪と、それをめぐる外交戦略の変遷を分析した。自由党の内部資料をもとに、ポストコロニアルな文脈で「反植民地主義」を戦略的に取り入れようとした国家的言説の生成過程を議論した。経済的利益の確保と道徳的責任の両立を図るベルギー外交の矛盾が浮かび上がった。
Jean Illi(ULB)(De)colonial Matter: The Case of Emile Storms’ Bust in Ixelles
Illiは、ブリュッセルのイクセル区に設置されていた植民地主義者エミール・ストームズの胸像撤去を事例に、公共空間における物質的な植民地遺産と記憶の政治を論じた。ミシェル=ロルフ・トルイヨの「沈黙化」概念を手がかりに、植民地主義の物質的痕跡がいかにして批判の対象となり、また制度的対応を引き出す契機となったのかを検討した。
二日間を通して述べ100人ほどの参加者が来場し、本シンポジウムは、国境や分野を横断しながら、植民地主義と差別の現在を多面的・批判的に分析する場となった。