公開シンポジウム戦後東アジアにおける入国管理システム形成の論理と相互規定——日本、台湾、沖縄を手がかりに——

日時:2026年7月19日(日) 13:00-16:30
会場:同志社大学今出川キャンパス(詳細は6月中旬に決定)
登壇者:李英美(京都大学)、土井智義(明治学院大学国際平和研究所)、鶴園裕基(香川大学)、明石純一(筑波大学)、外村大(東京大学)、南川文里(同志社大学)
主催:グローバル地中海地域研究同志社拠点「多文化都市と共生の危機」研究班

2026.05.30 UP
©Brandon Huang

©Brandon Huang "Exit", Taken on January 6, 2015 (No change has been made)

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概要

東アジア諸国における入国管理システムは、「大日本帝国」崩壊後の境界変動とその後の冷戦体制に規定されながら形成されてきた。近年、この課題を扱った著作が次々と刊行されている。たとえば、米国統治下の沖縄における移動管理を扱った土井智義(2022)『米国の沖縄統治と「外国人」管理~強制送還の系譜』、戦後日本の地域社会における入国管理の実相を論じた李英美(2023)『出入国管理の社会史-戦後日本の「境界」管理』、戦後台湾をめぐる華僑の移動と管理に焦点を当てた鶴園裕基(2025) 『「人の移動」の国際政治』は、新たな研究のフロンティアを切り拓き、その飛躍的な展開を促した。現在、グローバル化への反動としての排外主義の広がりや、ウクライナ侵攻、イラン侵攻による国際情勢の急変のなか、戦後体制の転換点を迎えている。このような時こそ、戦後東アジアにおける「人の移動」と入国管理の戦後体制の構築のされ方とその揺らぎを改めて問うことが必要ではないだろうか。本シンポジウムでは、東アジアの入国管理体制研究を切り開いた三氏を基調報告者として迎え、入国管理政策研究の視点から明石純一氏、在日朝鮮人研究の視点から外村大氏をコメンテーターとして迎え、東アジアの入国管理システムの形成の論理と相互規定性、その今日的な揺らぎについて集中的に論じたい。

司会進行:南川文里(同志社大学)
基調報告

1.李英美(京都大学)「外国人」の境界を問う――戦後日本の入管体制の形成と実践」
要旨:戦後日本において「外国人」という境界は、いかなる過程を経て成立したのか。本報告は、旧植民地出身者である朝鮮人(朝鮮半島出身者)を主な対象として、占領期から1950年代にかけての入管行政の形成過程を社会史的に検討する。1947年の外国人登録令、1951年の出入国管理令、そして1952年のサンフランシスコ講和条約を経て、日本は朝鮮人および台湾人を「外国人」として処遇する制度的枠組みを整えていった。しかし、民族・国籍・帰属をめぐる法的地位の境界は所与のものではなく、戦後東アジアの国際秩序の変動を反映しながら、行政の日常的実践のなかで繰り返し画定されてきた。本報告では、こうした分類を引き受け、媒介し、ときに抵抗してきた地域社会、行政末端、司法、当事者の歴史経験に注目し、戦後入管体制の形成期を検討する。そして「外国人」という行政カテゴリーの輪郭が、本質的に不確定でありながらもなぜ強固に維持されえたのか、という問いを本報告の中心に据える。

2.土井智義(明治学院大学国際平和研究所)「東アジア」のなかの琉球列島入管史――戦後日本の入国管理政策との比較を軸として――」
要旨:本報告では、米国統治下の沖縄(琉球列島:1945~1972年)における入管制度を対象に、同時代の日本の入管との比較を通じて、戦後東アジアの入国管理システムをめぐる前提を問い直したい。琉球列島は日本が「潜在主権」をもつとされながら、サンフランシスコ講和条約により米国が排他的に統治する国際法上の特殊な地位に置かれ、日本本土および米本土とも異なる独自の入管が存在した。そこでは、被統治者一般(「琉球住民」)から区別された「外国人」(「非琉球人」)を在留登録で管理し、強制送還を適用する入管制度が十全に機能した。
 本報告では、入管の主な対象者、国籍との関係、入管政策と冷戦との関係について、琉球列島と同時代の日本の差異に注目する。とくに琉球列島の入管は、奄美等の旧「内地」籍の日本国籍者を主な対象とした点で、日本の入管とは異なっていた。また1972年の「復帰」により、米国統治下で入管の主な対象であった日本国籍の「非琉球人」が集団的に市民(「沖縄県民」)化した点も重要である。
 以上を通じて、入国管理システムの前提にはその都度の条件や目的に応じ、特定の人々を送還可能とする論理があることを示し、現代日本や世界で厳格化が進む入管を再考するための論点を提示する。

3.鶴園裕基(香川大学)「東アジア冷戦体制のなかの台湾出入境管理体制:国際関係史の視点からの検討」
要旨:日本の植民地であった台湾は第二次世界大戦後、中華民国によって「接収」された。この「接収」は軍事占領として始まりつつ、中華民国の一省として台湾を統治するための「復員」と結びついていた。しかしこの取り組みは、国共内戦に敗北した国民党が台湾へと撤退したことによって挫折する。結果として、台湾は中華民国が統治する事実上唯一の領域となり、台湾社会は恒久的な戒厳令の下に置かれることになったのである。以上の背景のもとで形成された、冷戦期台湾の出入境管理体制は、「外国人」よりも「自国民」を主な統制対象とするという特徴を有していた。本報告では、戦後台湾の出入境管理体制が形成される過程を国際関係史の視点から整理しつつ、ポスト冷戦期の台湾出入境管理にどのように継承されているのかを議論する。

コメント
明石純一(筑波大学)、外村大(東京大学)

日時

2026年7月19日(日) 13:00-16:30

会場

同志社大学今出川キャンパス(詳細は6月中旬に決定)

開催方法

対面

主催

グローバル地中海地域研究同志社拠点「多文化都市と共生の危機」研究班

お問い合わせ

南川文里(同志社大学グローバルスタディーズ研究科)
fminamik@mail.doshisha.ac.jp